祇園・ない藤の五代目/内藤誠治が歴史に導かれる
JOJO Naitouのカタチ。

祇園・ない藤の五代目
内藤誠治が歴史に導かれる
JOJO Naitouのカタチ。

「売れるサンダルをつくってやろうと目論んだわけではなく、先祖や履物の歴史に動かされているみたいなんです」。京都の老舗履物匠「ない藤」の当主と「JOJO Naitou」のデザイナー、二足の草鞋を履く内藤誠治さんは、約10年前の構想を自然の流れとして捉えています。一方で、昨年オープンした蔵書の展示とカフェを併設する「JOJO Naitou」の旗艦店[Gion Naitou 123 Market]は、内藤さんが考える未来への希望が詰まった空間。履物屋が日本の社会を変えるのも、もうすぐかもしれません。

Photo:Yuka Uesawa / Text:Reiko Matsushita Production:MANUSKRIPT

2000年の歴史のなかで
履物の正解は
すでに証明されている

ー先日、FIGURE静岡でのポップアップと同時に、「JOJO Naitou」のカスタムメイドワークショップ「職商人講座」も開催されました。そもそもFIGUREさんとの関わりはどれくらいになるのですか?

内藤誠治さん(以下、内藤):7、8年になります。きっかけはある商業施設でのポップアップでFIGUREさんも出店していらしてお話しするなかで、お取引させていただくことになりました。スタッフの鈴木庸平さんとのご縁が深いのですが、彼は最初に「どうやってJOJOを売るのか教えてほしい」って尋ねてきたんです。販売員でそういうことをはっきり聞いてくる人は大変珍しく、おもしろくて、一瞬で彼の魅力にやられましたね。

▲「ない藤」の店先には履物と同じく「JOJO Naitou」も並ぶ。

内藤:サイズを聞かれて商品を出す在庫管理の延長線みたいな方や、意見を聞かれても「いいですね」というお客に忖度したような答えを出す販売が多いでしょ。その点彼は、はっきりと「これがお似合いですよ」とおすすめできるのが素晴らしい。「職商人講座」では主に人間の身体と日本文化についてお話させていただくのですが、私たちの価値観をしっかりお伝えすると同時に、横で聞いている売り手の方々の教育にも繋がると考えています。

▲ 「苔の王国」をコンセプトに、グリーンスエードで統一したFIGURE Shizuoka別注のサンダル。3万8500円(tax in)。
ー限定の「JOJO Naitou」も発売されたそうですね。

内藤:鈴木さんからの発案で、「苔の王国」をテーマにしたグリーンスエードの別注モデルをつくりました。花緒の裏はビビッドな黄緑色で、この一色が入っているかどうかで全然印象が変わります。花緒の表と裏で色を変えるのは草履ではよくある手法で、むしろ同じ色を使う方がまれなんです。そのほか、「KAPPO」の花緒をカールのボアにした別注もあります。

▲「これは花緒をゴートにした当主専用のKAPPO」と笑う内藤さん。
かかとのない形が印象的。
―何歳で修行を始められたんですか?

内藤:伝統芸能ではないので修行なんて大層なものはありません。高校、大学時代から手伝っていましたが、1日かかってグチャグチャクチャなものをつくるのが関の山でしたね。ちゃんと仕事として成立しはじめたのは25、26歳くらいでしょうか。自分でも驚きますが、30年ほど経ちました。

▲アーティスト、SETSUO KANOさんの掛け軸の前が内藤さんの定位置。
河鍋暁斎のコラージュと「花緒肝心 いざというとき 踏ん張れる。」の句が光る。
―そのなかで「JOJO Naitou」をつくられた経緯を教えていただけますか?

内藤:「JOJO Naitou」が生まれたのは10年ほど前ですが、20年前の日記を読むと「世界で通用する履物をつくりたい」と書いてありました。すっかり忘れていましたが、そういう思いは若いときから持っていたようです。話は変わるのですが、インドにある聖者がおられます。東日本大震災のあと、知り合いの神職の方から地震鎮めの祈祷をするために聖者の元に水晶を取りに行こうと誘われ、2週間ほどインドを訪れました。そこでは世界中から集まった何百人という数の人間が、礼拝堂や食堂でサンダルを脱ぐんです。僕は履物屋だからみんなのサンダルを見るんですけど、世界中から人が集まる場所なのに欲しいと思うサンダルがひとつもなかった。

―それは強烈な体験ですね。

内藤:改めて伝統的な履物というものについて考えたときに、生業にしてきた人間が現代のくらしに合うように履物をつくり直すのは、いい仕事なんじゃないかなと思ったんです。それで帰国から1年もしないうちにつくったのが「JOJO Naitou」です。ちなみにインドに行く前に工業デザイナーの方に「新しいものをつくりたいから相談したい」とメールを送っているんですが、この段階では「JOJO Naitou」の構想はありませんでした。

―無意識に「JOJO Naitou」をつくる流れができていたんですね。

内藤:たまたまと言えばたまたまだし、長年の蓄積といえばそうですね。穴が3つ開いていて紐を通すという履物の原型は、縄文後期には存在していました。そして道具として2000年の歴史があるなかで、いちばん重要なエッセンスがどれなのかというのは、早い段階で先代から聞かされていたんです。ただ若いときは自分の親父のことなんて信用したくないもので、間違っていると認めさせたくて躍起になって戦うんです。その結果として、先代が言っていることが全部正しいということを理解しました。2000年の歴史で「履物の大切なエッセンスはここ!」という真理は完成しているんです。

―例えばどのようなことがポイントなのでしょうか。

内藤:「JOJO Naitou」は親指と人差し指の間の穴が、少しだけ親指側に寄ってます。本当は真ん中にしたいのですが、「穴が真ん中にある=下駄=痛くて使いにくいからダメ」という現代人の発想に合わせています。でもその必要はないと歴史が教えてくれるんですよ。大昔、履物は足の形に合わせて穴が親指側に寄っていました。それが何かしらの合理性があって真ん中になり、以降このルールは変わっていない。「ない藤」ではおすすめしませんが、対称にすることで左右あべこべに履いても問題ないですし、片方が割れても片方が使える。研究者が少ないので理由は定かではないのですが、穴が真ん中だといいことしかないと推測できるんです。

―なるほど。いま下駄が割れるお話が出ましたが、「JOJO Naitou」はソールの交換やパーツがカスタムできるところもいいですよね。サステナブルと言いますか。

内藤:これはよく聞かれるのですが、僕は「サステナブルだ!」と考えてつくっていません。サステナブルという言葉には「売れる」とか「セールスポイントになる」という意図が垣間見れるように感じますが、逆なんですよ。まず最初にものづくりの「物語」があるんです。それをどのように伝えるか考えるのが筋なのに、「どんな話にしたら売れるかな」という真逆のアプローチをするプロダクトが多すぎますよね。修理ができるのも、パーツ交換ができるのも、2000年前と同じようにつくったらそうなるというだけの話なんです。

ー同じ建物内でも「ない藤」はゆったりとした時間が流れている一方で、「JOJO」が展示してあるスペースは家族連れや海外からのお客様が訪れて、賑やかな印象です。

内藤:そうですね。奥のスペースは「Gion Naitou 123 Market」という名前で、「JOJO」などのシリーズを試着できるほか、洋菓子屋「ハーモニカ」さんのスイーツが楽しめたり、ブックディレクターの「組や」さんによる本にまつわるサービスが受けられる場所にしています。

―本にまつわるサービスとはどのようなものでしょうか。

内藤:説明するよりやってみたほうが早いので(笑)。この空間にある本の中から、今日の取材についての3冊を制限時間2分で選んでみましょう。

―(2分後)選びました!

内藤:僕も選び終わりました。ではそれぞれ本を選んだ理由を説明してみましょう。目についた本を手にとると、その瞬間は意味がわかってないけど、人の前で説明するときに自分でも気づかなかった気持ちが出てくるんです。

―(全員の説明が終わり)では内藤さんが選んだ3冊とその理由を教えていただけますか?

内藤:1冊名は「チェ・ゲバラの声 革命戦争の日々 ボリビア日記」、2冊目は「アイデアのつくり方」、3冊目は「サピエンス全史」です。

▲今回FIGUREのポップアップでも行われたブックチャート。取材日は編集もカメラマンも全員3冊ずつ選んで理由を話した。

内藤:最近「JOJO」を販売するときにお客様と話す中でよく「満員電車は好きですか?」という質問を投げかけます。好きと答えた方はひとりもいらっしゃいませんが、みなさんが履いている靴の中って満員電車より過酷な状況なんです。ムレれ方や臭い、密集具合もひどいのに、よく履いていられますねって(笑)。

―確かに靴って、1回脱いだら履きなおすのを少し躊躇しますよね。

内藤:僕なんかスリッパすら苦手です。その身体感覚で生きていたら履けないはずなのに、習慣で「こんなもんだ」って思い込んでいる。要は選択をしていないんです。こんなに高温多湿の国で靴を選択するのは、欧米文化に感化されすぎているからではないでしょうか。なのでムレムレのひどい状況から、みなさんの足を救いたい。さながらチェ・ゲバラの解放軍の気持ちですね。

―それが1冊目の本に繋がるんですね!

内藤:はい。次が2冊目の「アイデアのつくり方」。これは「JOJO」をつくることと、そこから派生するデザインや空間への発展のような、アイデアの結びつきや連鎖がおもしろいと思っているからその考えから選びました。3冊目の「サピエンス全史」は歴史観の話ですね。日本がどういう国だったか、世界はどんな歴史を持っているのかを考える1冊です。

―おもしろい試みですね。まさか取材で自分たちの考えを話す機会をいただくとは思いもしませんでした。

内藤:これはBook&Chat(ブック&チャット)という名前で、僕が発案し「組や」のブックディレクターである中澤健矢さんと始めた取り組みです。不思議とどんな性格の人でも、キラキラした目でたくさん自分のことを話してくれるんですよ。また逆に、ゲームをしていた子どもだって手をとめて、ちゃんと人の話を聞きます。年齢や性別の垣根を越えてみんなフラットな状態になる空間というものは狙ってつくろうとしてもとても難しい。けど、ここでは自然と上下がなくなりみんなが対等になる。僕はここを子どもと大人がコミュニケーションを取れる場所として活用していきたいと考えています。

▲小道を進んだ先にある「Gion Naitou 123 Market」の門構。
―本の話をして、履物を見直す経験はここでしかできませんね。

内藤:指で踏ん張ることを覚えれば重心がブレなくなって転ばなくなり、老人になっても自分の足で歩けますよ。首も真っ直ぐ伸びます。いまは大人から子どもまでみんな姿勢が悪い。なので子ども用のサンダルもつくっているところです。じゃないと足腰の悪い老人しかいない国になっちゃう。

―日本の未来まで考えられているんですね。

内藤:僕自身、「JOJO Naitou」から派生してさまざまなプロジェクトを進める自分に驚いています。でもいろいろと狙っているわけではなく、ご先祖にやらされている人生なんですよ。よく五代目なんてすごいですねって言われますけど、みなさんにも先祖がいて、なにかしらの何代目でしょう。ただ両親や祖父母が人生でこれだけは大事にしようって考えていることを直接聞くのは難しいし、先祖から学ばないだけ。例え同じ仕事をしていなくても、その肝を聞くのと聞かないのでは人生変わってくると思いますよ。

Profile

内藤誠治140年以上の歴史を持つ京都祇園の老舗「ない藤」の五代目店主。2013年に「JOJO Naitou」を発表し、国内外のアパレルショップでのポップアップやブランドとのコラボレーションを行う。2022年に「JOJO」の旗艦店として「Gion Naitou 123 Market」をオープン。履物と本と食という多角的な取り組みを行う。


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