なぜ今、ATONが選ばれているのか?
ディレクター久﨑康晴が求める価値の本質。
なぜ今、ATONが選ばれているのか?
ディレクター久﨑康晴が
求める価値の本質。
せっかく手に入れるなら、価値ある服がいい。ATONは、今最もそれにふさわしいブランドのひとつだ。佇まいからして美しく、着るほどに良さを実感する。ディレクターの久﨑さんに、“ATONの作り方”を伺いました。Photographer:Kanta Matsubayashi
Interview & Text:Jun Namekata
「理想のものを作り上げるには、原料から吟味しないと」
久﨑 康晴さん(以下久崎) : 何でもかんでも素材ありきというわけではありませんが、その方が自分が理想とするプロダクトが作りやすいというのはあります。
ちなみに、 “素材”というと生地をイメージする方もいると思いますが、僕の場合そうではなく“原料”のことを指します。例えば同じコットン生地にしてもその原料となる綿の種類はものすごく様々。何を作りたいかによって、選ぶべき原料が変わるのです。例えば「柔らかいシルエットのコットンシャツを作りたい」と思えば、それに最適なコットンの原料があるように。
その逆に、原料から作りたい服のインスピレーションをもらうこともありますよ。
久﨑 : その質問は難しいですね。もちろんプロダクトひとつひとつのクオリティは妥協なくこだわりたいと思っていますが、加えて僕は『こういうお店でこういう料理を食べる時はこういう服がいいよな』とか、『お寿司屋さんに行く時はこういうシャツがいいよなぁ』とか、その空間に洋服がどう溶け込むかを空想することもすごく好きなんです。
久﨑 : 空間を彩る要素となる、質の良い服を作るのが理想でしょうか。いずれにしても、いわゆるカルチャー的なファッションとは違う感覚で服を作っているんだとは思います。
「身に付ける服もまた、その空間のバランスになる」
久﨑 : 実は僕は若い頃、建築の道に進みたいと思っていたんです。建築物が好きで、30代から色々とコツコツまわるようになった。そうしてたくさんの空間を見ているうちに、そこにいる人もまたその空間を構成する要素のひとつだと思うようになったんです。つまり身につけている服もまた、その空間のバランスを構成する一部になる。
久﨑 : ちょっと抽象的で申し訳ないのですが、佇まいというか、そういうものってすごく大事だと思うんです。そして実は、日本人は特にそういう美的感覚に長けていると僕は思うんですね。
久﨑 : 僕は40歳を過ぎてから改めて日本の文化や美術を深掘りしてみたのですが、どれもこれもすごく興味深い。実は2021年の春夏コレクションも、日本の伝統文化である水墨画から着想を得たものなんですよ。ちょっと焼けて黄色っぽいグレーから青っぽいグレーまで、水墨画には実に多彩なグレーのグラデーションがある。この繊細な色合いや質感を表現したいと思ったんです。
久﨑 : 昔あったものをそのまま現代に蘇らせるということは本当に難しいんです。同じ原料はもうとることができないし、環境や設備も昔と今とではまったく違う。複製することができないのであれば、もう一度原料から吟味するしかないんです。
マニアックな話に聞こえるかもしれませんが、そうやって素材や原料に真摯に向き合って作ったものは仕上がりが全然違う。ぜひ一度、ATONの定番のスウェットに袖を通してみてもらいたいです。絶対に違いが実感できますから。
久﨑 : 僕は青山の旗艦店に立って接客もするのですが、もののクオリティをしっかり見極める若い方が多くて、本当に刺激になっています。どうやってこの素材は作られたのかとか、どうやって染めたらこの色が再現できるのかとか、熱心に質問してくれて、しっかり吟味して購入してくれるお客様がたくさんいらっしゃる。デザイン性やトレンドだけじゃない。もちろんブランド名にも左右されない。手に入れる価値をしっかり見極めて、自分の意思で服を選んでいる人が増えたと思います。逆に大人の方が負けてるなって思う時もありますね。
「日本のものづくりって、すごくイケてるんです」
久﨑 : 先ほど日本人的な美意識について少し触れましたが、日本のものづくりってものすごく優れているんです。生地作り、染色、縫製、加工、そしてデザイン。どれもが世界に通用するものですが、今はその多くが失われつつある。そこに関しては個人的にすごく危機感を感じていて、残していかなければと使命感を感じています。
久﨑 : そうなんです。このままではいろいろな伝統や技術、文化が本当に消えて無くなってしまう。急がないと。
素材へのこだわり、建築的な要素、佇まい、伝統文化。とてもたくさんのものが互いに作用しあって、ATONというブランドができている。
シンプルに見えて、意外と複雑なんです(笑)。
久﨑 : ATONが定番で展開しつづけているパーカが30年後ぐらいに「これはブランド初期に展開されていた色だね」なんて言われながら古着屋さんに並んでいたら最高ですね。
久﨑 : 繰り返しになってしまいますが、素材も製法も、価値の本質を見極めながら服作りはしていきたいと思っています。日本の伝統文化や美意識はもちろん素晴らしいですが、決して懐古主義的になろうというわけではなく、あくまで現代の環境で再解釈をしながら、新しい価値を追求していかなければならない。何かっぽいものではなく、本当に今必要とされる服を求めていきたいと思っています。