Graphpaper
南 貴之の頭の中と、その軌跡。

グラフペーパーというブランドを理解するには、現在を断片的に見るのではなく、ディレクターである南さんの軌跡をたどりながら、どういう思考プロセスを経てきたのかを知る必要があります。改めてお話を聞いてみてわかった、グラフペーパーというブランドの魅力の奥深さ。Photographer:Kanta Matsubayashi
Interview & Text:Jun Namekata

僕が作りたいものは“場”なんです

―まずは南さんのキャリアから教えていただきたいのですが、バイヤー/ディレクターという立場の初のキャリアは、カンナビスからですか?

南 貴之さん(以下南) : 厳密にいうと、その前にいた会社でもバイヤーはやらせてもらっていたのですが、大きなところでいうとそうですね。アッシュ・ペー・フランスという会社が原宿にビルを1棟借りることになり、そこで何か面白いことをしようという社内公募があったんです。そこで僕が出したプランがうっかり通っちゃって(笑)。それがカンナビスというお店です。本格的に全体をディレクションすることになったのはそこからかな。24歳の頃だったと思います。

―うっかり(笑)。『俺はファッション業界でこんなことがしたいんだ!』っていう明確なビジョンがあったわけじゃないのでしょうか?

南 : まったくありませんでしたね。聞こえはあまり良くありませんが、成り行きというか、行き当たりばったりというか(笑)。

―カンナビスはその時代の象徴的なショップになりました。

南 : そのころは僕も本当にどうしようもない若造でしたからね。今思えばいい加減な店だったんじゃないかと思いますよ。今の僕に、若手の社員からそんな提案が上がってきたら即却下です(笑)。そのくらい好きにやらせてもらっていたというのもありますが。

―ちなみに南さんがカンナビスで表現したのはどういうものだったのですか?

南 : まあ、お店の名前からしてなんとなく想像つきますよね(笑)。それを“ユースカルチャー”って言ったら格好が良いんでしょうけど、いわゆる若い子達が全力で遊ぶその勢いというか、酒・タバコ・音楽・女じゃないですけど、そういう当時の若者のリアルを表現するお店にしたいと思ったんです。

そもそもカンナビスというお店の周りには、ユナイテッドアローズもあればビームスもあって、当時売れているブランドはそこですでに展開されていた。同じ土俵で勝負なんてとてもできなかったわけです。そんな中でどうしたら存在感を発揮できるのかなって考えた末の着地点だったかな。語弊を恐れずに言えば、取り扱う服はどんなものでもよかったんです。そのリアルな空気感さえ出せれば。

―若者にとってリアルな場所を作るということでしょうか。

南 : そういう場所にきっと若くて勢いのある面白い人たちが集まると思ったんです。で、たまたまそこに僕が買い付けてきたなんだか面白そうな服がある。順番としてはそういうイメージでした。

―“場”を作る、“コミュニティー”を作る。今ではオンライン上などで盛んになってきていますが、当時からそれをオフラインで実践していたんですね。

南 : そんなに綺麗なものじゃないかったかもしれませんね。お店の中でスタイリストのアシスタントが昼飯食ってたり、タバコを吸いながら話していたり。しかも彼らはうちの服なんか全然買ってくれていませんでしたからね(笑)。でも当時のそんな仲間たちが今みんな最前線で活躍していて、今もっと大きな面白いことに取り組んでいる。服や物を売る、買うということ以上の“何か”がそこにあったのかなって今は思います。

―その次のわかりやすいキャリアでいうと、1LDKの立ち上げでしょうか。

南 : 大きなところでいうとそうですね。僕が独立して最初の大きなプロジェクトでした。ところで、今もまだ1LDKが僕のお店だと誤解している人がいるようですが、違います。立ち上げの際に依頼を受けて、コンセプトや空間のディレクションをさせてもらっただけ。関わらせてもらったのはオープンした2008年から2013年までの5年くらいだったかな。

―カンナビス同様、これもまた一時代を作りました。どういったコンセプトから生まれたのでしょうか?

南 : それもすごく単純なものだったんですよ。僕は中目黒に住んでいたことがあって、その時から思っていたのですが、あのエリアって商業施設と住宅が混在している不思議な街じゃないですか。どこかのんびりしたあの感じがいいなって思っていたし、そこにお店を作るならあまりノイズにならないものにしたかったんです。じゃあ街のノイズにならないお店ってどんなものだろうって考えたときに、思いついたのが“家”。じゃあアットホームにお客を迎えられるように…という感じで、あとは連想ゲームで。

ただ、最後まで決まらなくて困ったのがお店の名前。オープン2週間前まで何にもアイデアが浮かばなくて、ふとお店の間取りを見たら1LDKだった。それで『1LDK』になったんです。

―カンナビスとは対照的といってもいいコンセプトですね。

南 : 多くの人たちは、またカンナビスみたいなエッジの効いたお店を作るんだと思っていたみたいですね。だからと言って別に“逆張り”してやろうという妙な狙いも僕にはない。その時その場所に必要なものってなんだろうって考えてやっているという感じです。

―これまでの南さんの提案どれも新鮮だと捉えられて人気を博してきたわけですが、南さん的には『まだ世の中にないものを投げかけてやろう』という感じではなかったのでしょうか?

南 : そういうのは本当にないんです。むしろ見たことも聞いたこともないものなんて僕には作れない。カンナビスはバー、1LDKは家、グラフペーパーはギャラリー。どれもみんな知っていますよね? むしろよく知っているから、皆さん受け入れてくれたんじゃないかな。

―当たり前のことのようでいて、気づかなかったこと。そこにフォーカスすることに長けているというような印象もあります。

南 : それがいいかどうかは僕にはわからないですが、とにかく“私的”なんだと思います。“世の中に対して”とかそういう広い感覚ではなく、あくまで個人的な考え。自分だったらどう満足するかなっていうところに思考があるのかもしれません。あるいは、作り手目線じゃなく、お客様目線なのかも。

―そしてそれぞれのディレクションにおいて一貫しているのは、やはり“場”を作るということ。

南 : それはそうですね。いまだにそうです。ただそれも、場を提供してあげようっていう上からの目線じゃなくて、こういう居心地のいい場所があったらいいのになっていう僕の感覚なんです。供給側じゃなくて、常に需要側の目線っていうのかな。だから僕としては、本当に難しいことをしているつもりがないんですよ。

―ただ、シンプルであるからこそ、ディテールはしっかり詰めているという印象です。

南 : 僕は、コンセプトというものは1行で終わらないとダメだと思っているんです。ゴチャゴチャ書かれちゃうと逆にわからなくなっちゃうと思うから。だけどその内側は必要以上に詰められ、作り込まれている。それが理想です。

―そしてグラフペーパーの始動です。2015年にローンチされました。

南 : それまで依頼を受けて色々なものを作ってきました。制約のある中でものを作る面白さというのはもちろんありますが、制限を設けずに自分が作りたいものを作ったらどうなるのかなということにも興味が出てきた。それでスタートさせたのがグラフペーパーです。

―具体的なコンセプトはあったのでしょうか?

南 : やっぱり、自分が欲しいもの、自分が着たいもの、ですね。

―そこはやっぱりブレないんですね。

南 : これまで様々なお仕事をさせていただいてきた中で、色々な人たちとの出会いがありました。それはデザイナーだったり、クリエイターだったり、機屋さんだったり、まさに色々です。そうして培ってきた知識や経験、人脈などを自分の中で一度消化して、今自分が本当に理想とするものとしてアウトプットする。そういう作業ですね。

―南さんが作ってきた“場”に集まってきた人たちでしょうか。

南 : これまで本当にいろんなものを調べて、探して、全国各地自分の目で見て触ってきました。訪れた先でまた新しい出会いや思いがけない発見もたくさんあった。今もそれを続けていますし、いまだに新しい発見がたくさんあるんです。以前はその楽しさを“場”という形で表現していましたが、グラフペーパーでは “プロダクト”に落とし込んで皆さんにご紹介している。そういう感覚に近いかもしれません。俺のデザインすごいだろ、じゃなくて、こんなにすごいことができる職人さんたちがいるんだよ、こんなに素晴らしい素材が日本にはあるんだよ、ということをグラフペーパーで表現しているんです。

―今まで自分の目と手と足で稼いできた経験があってこそということですよね。一朝一夕ではマネできないことです。

南 : シンプルで着こなしやすいけど素材がいいものを作ろう、っていう単純なことじゃないんです。それじゃただの退屈な服になってしまうと思う。僕が目指しているのは、普通だけど退屈じゃない服。今までいろんなものを着てきた人が最後に選ぶ服。それって作り手に積み上げてきたものがどれくらいあるかが、完成度を大きく左右すると思うんですよね。

―今季のコレクションについて、教えていただけますか?

南 : グラフペーパーには定番のラインと、シーズンテーマを設けて展開するラインの2つがあります。定番の方は、デザインはベーシックに、素材や縫製などクオリティを毎シーズンアップデートしています。

シーズンテーマを設けて展開するラインは、今季は「ディーターラムス」がテーマになっています。

―ブラウンなどで有名な、ドイツのインタストリアルデザイナーですね。

南 : そうです。彼のデザインはもともと大好きで、ヴィンテージのプロダクトを昔から結構集めていたんです。いつかテーマにしたいなと思っていて、ようやく今季実現させたという感じです。そもそも彼のデザイン哲学の根底にある『より少なく、しかしよりよく』は、グラフペーパーにも通じるものがあると思うんです。

―具体的にはどんな風にデザインに落とし込まれているのでしょうか?

南 : わかりやすいところで言えば色使い。オレンジをキーカラーにしているところが特徴ですね。あとはスニーカーのアッパーがスピーカーのメッシュ部分にインスパイアを受けていたり、普段は貝ボタンのところをスナップボタンにして機械的なニュアンスにしたり。細かいところで表現しています。

―グラフペーパーの服はゆったりとしたシルエットが特徴的ですが、シーズンコンセプトにシルエットが影響されることはあるんですか?

南 : それはありません。基本的なシルエットはほぼ不変です。いつだったかな。コム・デ・ギャルソンの川久保玲さんのインタビュー記事を読んでいて、男性は体と服の間に一枚空気が入るくらいがちょうどいい、といったようなことをおっしゃっていたんですよ。それが座右の銘のようにずっと心に引っかかっていて。僕は大きい服を作っていますが、それは別に体が大きな人に向けて作っているわけじゃなく、痩せている人や身長が低い人にとってもそれが格好いいと思っている。

そもそも、体型というのものは年を重ねることでどうしても崩れてきますが、僕はそこで勝負することは格好いいことじゃないと思っているんです。それよりももっと知性とか、人間力とか、年を重ねることでより深みが増す部分で勝負できたほうがいい。そう思って服を作っているんです。歳を取るにつれだんだん着られなくなる服ってちょっと寂しいじゃないですか。

―こうやってお話を聞くと、どれもシンプルなお話しで納得できることばかりなんですが、逆に当たり前のことだからこそ、気付ける人が少ないのかもと思ってしまいます。

南 : ものすごく俯瞰で見ることと、ものすごくディテールに寄って見ること。それをずっと繰り返し続けてきたからできることなのかもしれません。

―グラフペーパーの服は“今っぽい”という評価がされることが多いと思うのですが、その辺に関してはいかがですか?

南 : いい意味で言ってくれているのだと思うので、それはそれで嬉しいですが、僕自身に今っぽさを求める感覚がないので、何とも(笑)。『僕はこれが好きだけどよかったら買ってください』くらいの感覚です。

僕はどちらかというと旬な情報を取りにいくタイプじゃないんです。むしろそこは見まいとしているくらい。それよりも、地方の面白いバーとか、ひっそり佇むレストランとか、そういうところに興味が湧く。そういう面白い場所には、面白い人たちが必然と集まるから。結果、そういうところで得た情報の方が濃いし、インスピレーションになる。それってやっぱり携帯いじってても絶対に手に入れられないことなんですよね。そういうことがまだまだ世の中にはいっぱいあるから、面白いんですよ。

―普通だけど退屈じゃない。グラフペーパーが持つ魅力の秘密が少しわかったような気がします。最後に、今後の展望があれば教えてください。

南 : まだあまり言えませんが、オンラインの試みを少し考えています。来年はいろいろやっていきたいなと。機会があれば新しいお店も出したいと思っています。よかったらみていてください。


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